【今村駿介】パリ2024オリンピック日本代表候補選手/チームインタビュー

【今村駿介】パリ2024オリンピック日本代表候補選手/チームインタビュー

パリ2024オリンピックに出場する、日本代表候補に選出されたチームブリヂストンサイクリング選手へのインタビューです。

今村駿介はチーム在籍7年目。前回の東京2020オリンピックではリザーブ選手として備えましたが、パリ2024オリンピックでは念願の代表候補選手となりました。自転車競技に対する姿勢は、まさに真摯の一言。強さを高める方法を常に模索し続けています。2023年の世界選手権では、男子オムニアムで3位銅メダルを獲得しました。

今村のこれまでと、オリンピックについて、自転車について、そしてチームについてさまざまを聞きました。


今村駿介 パリ2024オリンピック出場に向けたインタビュー

いまむら しゅんすけ/1998年2月14日生・福岡県うきは市出身
ブリヂストン・アスリート・アンバサダー >>アンバサダーページ

・パリ2024オリンピック 出場種目:男子チームパシュート
・2023年世界選手権 男子オムニアム3位

公式プロフィール >>【選手紹介2024】今村駿介 プロフィール

⚫︎Instagram @shunimamura

⚫︎X @ShunsukeImamura


ーー自転車競技に関わるようになったきっかけは?

父が競輪選手だったことで、競輪選手になりたくて自転車競技を始めました。

ーーそれまでしていたスポーツは?

水泳クラブに通っていて、小学校5、6年生で陸上競技をしていました。中学では陸上部に入り、3000mくらいまでの中距離を走り、駅伝も走りました。

高校からは自転車部に入りました。中学3年の最後ぐらいに競輪場に行ってちょっとだけ体験させてもらって、高校では自転車部に入ります、と決めました。選手になるために自転車部を使って強くなろう、という気持ちでした。

ーー選手になりたいという気持ちはどう育まれた?

親が競輪選手だったことで、周りからも一目置かれていて、それが普通にかっこよくて。それに単純に人と争うのが好きで、しかも負けず嫌いで。子供用自転車でも友達とコースを作って競争したりしてたので、競輪っぽい遊びをするのが好きだったんでしょうね。

ーーだから自転車の強豪である祐誠高校を選んだ?

自転車部がそこしかなかったんです。自分もそこにしか行く気はありませんでした。今までのジュニアでの日本代表が結構多い高校ですね。競輪選手も多く出しています。

ーー自転車部の部室のようなものが、久留米競輪場の中にあったと聞きました。

ちょっとした小屋みたいなところを使わせてもらってました。そこが部室でしたね。ここには入り浸っていましたね。毎日毎日行ってました。

家を7時前くらいに出て、自転車で競輪場に着いて、そこでサイクルウェアを制服に着替えてから学校に行ってました。ウェアのままで学校に行っちゃいけなかったんですよね。先輩たちがそうやってましたから、自然と真似して。

授業が終わったら競輪場に戻ってきて、またウェアに着替えて部活をやって家に帰ると。家から競輪場に行くのはロードバイクで1時間ぐらい、それだけで練習みたいなものだったんで。

ーー高校の時の競技成績はどんな感じ?

高校2年生でインターハイに出たんですが、結果はあまり良くなくて。その時、4km速度競争で初めて決勝に乗って、国体でも決勝に進んで。

確かな結果が出始めたのは、アジア選手権の代表に選ばれてからですかね。高校3年でインターハイと選抜、そして国体で優勝して、アジア選手権とジュニアの世界選手権で勝ちました。高校3年の時は、ほぼ負けなしだったと思います。

ーー大学ではどんな成績を?

大学1、2年生の時はポイントレースで全日本選手権を勝ち、毎年日本代表の遠征には行ってたんですけど、特に成績を残すこともなかったです。2017年の終わり、大学2年の終わりにチームブリヂストンサイクリングに誘われて、そのまま加入しました。

ーー自転車競技の苦しさ、そして楽しさとは?

苦しさは、自転車に乗っている時の股への負荷です。脚の筋肉はスポーツやってたら疲労するものですが、疲労は我慢すればどうにかなりますが、この圧迫に関してはどうしようもない。

楽しさは、強くなる方法が無限大というか、何をしても成長していくところですね。ペダルを漕いでいれば、漕ぎ続けさえすれば、成長するところです。

組み合わせと自分で考えた方法次第で伸び方が違いますから。頭も使うし、もちろん体は酷使しないといけないけれど、ただ酷使しているだけになるか、やり方次第で、1+1を2じゃなくて、3にも4にもできる。正解がないのがいいですね。

ーーオリンピックを意識し始めたのはいつ頃から?

2015年にジュニア世界選手権のポイントレースを勝ってからですね。でもその時にはリオ2016に行きたいって気持ちにはならなかった。ちょうどその時ぐらいに、リオの次が東京2020オリンピックだ、と言われ始めて。いい感じの成長曲線を描いた先にあった東京2020オリンピックを意識するようになりました。

ーーオリンピックを意識し始めてからの走りや練習はこれまでとは変わった?

オリンピックに、というよりは、強い選手が集まっているこのチームで、みんなに負けたくないという気持ちがありました。その先に大会出場に選ばれたり、成績が出たりっていう感じだったので、東京2020オリンピックを目指している時は、オリンピックのためにやっている気持ちは、正直なかったです。

負けないようにやるのにいっぱいいっぱいだった。オリンピックにどうしても出たいっていう気持ちも、もちろん出たかったけど、全てを捧げてそこに注力できていたかというと、そういうのもなかったと思います。

ーー東京2020オリンピックではリザーブだったという事実を、今はどう捉えている?

もちろん悔しかったですが、めちゃくちゃ落ち込みもしなかったし、英也さん(東京2020オリンピックに出場した橋本英也)を横で見ていたし。どのくらいのフィジカルを持っていたかというのも分かっていたので、なんとなくこうだろうなというのを見ていました。

でも、例えばウェアを渡されたり、選手村に入れなかったり、取材とかも全然違う。本選手とリザーブではいろんなところで振り分け方に差が出るので、そういうところでちょっとずつ選ばれなかった悔しさを感じました。

ただ自分が心から真剣に、東京2020オリンピックに向けてやってきたか、って言われると、そこまでの絶対的な自信もなかった。選ばれた人は、選ばれるべくして選ばれてるんだなっていう感覚でした。

全ての成績、大会の成績に関してもそうなんですけど、勝ったら勝つべくして勝ってるし、負けたら負けるべくして負けている。

だからもちろん悔しかったけど、すごい冷静でいられました。

ーーパリ2024オリンピックに向けて選出された時の気持ちは?

今の僕にとって、この進んでいるルートが、後々の自転車競技の自分のキャリアにおいてすごく重要なタイミングなんだろうなって捉えています。だからこそ出場させてもらうチームパシュートでやれるだけの結果を見せたいです。

僕は過程を重要視するので、僕が自転車で追い求めているものへの、ひとつの現在位置としての最高峰だと思っています。チャレンジの段階の一つとして、選んでいただいた役割にここまでの想いをぶつけるところであると考えています。

僕はここまでみんなでやってきたことの想いを、これまでの想いを胸に、スタートラインでワクワクしたい。これから起こり得ることにワクワクしたいというところで笑顔でスタートしたいです。

ーー競技へのモチベーションを支えているものは?

成長していたいという向上心ですね。競技をしている限りは、それがなくなったら何もできないと思います。昨日の自分よりも強くなりたいということ、周りの選手には負けたくないことと、世界で勝ちたいというところです。

ーー乗ってきたブリヂストンの自転車の印象は?

一番最初に乗ったカーボンフレームがアンカーでした。何台乗り換えてきたか、だいぶ乗ってきましたね。高校の頃にも3台くらい乗ったし、トラックフレームだけでもブリヂストンには6台くらい乗り換えてきましたね。

乗り換えるたびに、硬いものとか、進むものとか、万能なものなどいろいろ感じました。やっぱり最新になるほど進むし、軽い。最新のものは、乗り比べてきたからこそわかる、技術の結晶というか、速く走るために全てを注ぎ込んだフレームなんだなっていうのは感じましたね。

ーーチームブリヂストンにいることで自分はどう成長した?

責任が生まれたことです。ブリヂストンのBマークを背負っていることで、自分だけでやっているんじゃないのを認識できるところです。

多くの人の想いや助けがあって、僕のチャレンジができているというところを大きく意識できるチームです。僕はそういう想いを背負うのが好きなので、よりその精神を持たせてもらえていますね。

ーー自転車競技をしていることによって表現していること、伝えていきたいのは?

ずっと継続して続けてきていることで、トライアンドエラーを繰り返し、そこから生まれる成果とそれが生み出すエネルギー、でしょうか。

体だけじゃなく、機材も体も頭も技術もすべてがかみ合わないと勝てない、そのバランスが大事だということです。ただそのかみ合わせ方というのも人それぞれ違うので、その武器をどこに置くか、と考えることも面白いなと思います。


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*ブリヂストンサイクルはオリンピックのワールドワイドパートナーです。

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