リ・エンジニアリング
●フロントサスペンション
新型車の設計開発には、3つの構造要件があった。フロント・サスペンションは、単筒テレスコピック(望遠鏡型)の進化型とする。モールトン博士の第1世代では、セレーション(回転を伝えるギザギザ)を刻んだ内筒とナイロンベアリングにより操舵力を伝える構造であった。博士自身、この構造は摺動による摩擦抵抗を生じ、経年摩耗によるガタが発生する短所を承知していた。
ブリヂストンサイクルが着目したのは、博士自身が初期試作車に用いた航空機前輪の操行機構、“トグルリンク”(蝶つがい)である。モールトン博士は、このアイデアにひざをたたいた。彼の親友であった名航空機設計者、故H.G.コンウエイがリンクの基礎理論を確立している。これを新材料・製法で実現する。機構的には贅沢であるが、博士がブリヂストンサイクルの技術者たちに力説した「フリクション(摩擦)こそ、われらの大敵」の大部分を克服することができる。
精密構造のテレスコピック部分は、インナーステム外側のハードクロームメッキ・バフ仕上げ、含油樹脂ブッシュの採用で、フリクションを低減している。さらにモールトン/コンウエイ理論による寸法設定もフリクション低減に寄与する。すなわちフロントサスの摺動部分とフロントフォーク長との比を1:1.4とする。
ウレタン系エラストマー6個と低摩擦スペーサー6枚の多層スプリングを用い、プログレシブなバネ特性を得ている。フロントサスのストロークは、50mmと大きくとったこともモールトン博士の哲学と小径ホイール車設計の実績から生まれたものだ。
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振動により上下に動く内側と外側の部分の回転を伝える方法として、 シリーズ1はセレーション(ギザギザ)を採用したが、ガタが発生しやすかった。ブリヂストン/モールトンは、
外側と内側をリンクで回転しないようにした。内部の擦れあう部分が滑らかになり、摩擦を大幅に低減した。 |
●リアサスペンション
一方、リアサスペンションは、ブリヂストンサイクルが新設計した。博士の初期提案は、シリーズ1型のシアー(剪断=ずれ変形)とコンプレッション(圧縮)両方に働くゴムスプリングを用いた、比較的短いアーム長のサスペンションであった。ブリヂストンサイクル技術者は、リアサスピボット(回転軸)とゴムスプリングの距離を大きくとり、コンプレッション型スプリングと長いアームを用い、フロントにマッチする充分なストロークと製造精度を確保する構造を主張した。
博士も自製の第1世代後期型と第2世代では、コンプレッション・スプリングに変えている。ある日の二者会議で、博士はポケットから円筒形のゴムスプリングを引っ張りだした。「どう思う?」ブリヂストンサイクルは、ゴムと独自のウレタンスプリング技術の両方で進めていた。たしかにゴムは見栄えがいい。「形はいいですね」が答え。
シリーズ1型 |
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シリーズ1型のシアーと(剪断=ずれ変形)とコンプレッション(圧縮)両方に働くゴムスプリング。 |
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ブリヂストン/モールトン |
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ブリヂストン/モールトンが採用したコンプレッション型スプリングは、フロントサスペンションとマッチするストローク量
を確保することができる。 |
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●ダブルフジ
(株)ブリヂストンの防振ゴム技術部門との協力で、新しいゴムスプリング・ユニットを設計することになった。構造的には、ゴムスプリングの荷重による変形を抑えるため、まん中にアルミ板を接着している。円筒型の場合は、接着部分に力が集中する不利がでる。ブリヂストンは、応力を緩和するため、ゴム部分の腹に逆Rをつけた。ちょうど富士山が水面
に映ったような“ダブルフジ”の形状だ。逆R部に力がかかると直線となり、集中力を緩和しながら、自然なバネ特性を出す。
2000年夏、ダブルフジ試作品を持ってブラッドフォード・オン・エイヴォンを訪ね、このスプリング・ユニットを採用することで合意した。翌朝、モールトン博士が声をかけてきた。「このスプリングはたいへん興味ある。置いていかないかね?」
リアサスペンションも、フロントにマッチしたたっぷりしたストロークが要件である。生産車では40mmを確保している。
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モールトン博士がいたく興味を持ったバレルタイプラバークッション。 「ダブル・フジ」形状の緻密に計算されたわずかな逆Rと、2層式の構造が高性能を発揮する。 |
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モールトン博士の友人であるH.Gコンウェイの名著の1ページ。
航空機前輪の操向システム“トグルリンク”が見える。ブリヂストン/モールトンのフロントサスペンションは同様のシステムを採用。 |
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ブリヂストン/モールトンの開発に欠かせなかった実走テスト。
プロトモデルが完成する度にテストが行われ、最終型へと進化させていった。
モールトン博士の走りは、年齢を全く感じさせないほどだった。
また、モールトン博士いわく「この自転車に乗るときは、決してサドルの後ろから足を上げて乗ってはいけません。
ステップスルーのフレームをまたいで乗りなさい。」 |
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